漢詩 5月12日 今に雨になりそうな村上市大場沢の普済寺です。今朝早くに連絡がありました。前から癌で療養中でありましたが60才の誕生日を迎えられて直ぐのご逝去でした。 哀悼の詩です。

漢詩 五月十二日 

今に雨になりそうな村上市大場沢の普済寺です。
今朝早くに連絡がありました。前から癌で療養中でありましたが60才の誕生日を迎えられて直ぐのご逝去でした。
 哀悼の詩です。
(華甲は六十才 還暦のこと)

漢詩 五月十二日 

今に雨になりそうな村上市大場沢の普済寺です。
今朝早くに連絡がありました。前から癌で療養中でありましたが60才の誕生日を迎えられて直ぐのご逝去でした。
 哀悼の詩です。 
(華甲は六十才 還暦のこと)

漢詩 五月十二日 

今に雨になりそうな村上市大場沢の普済寺です。
今朝早くに連絡がありました。前から癌で療養中でありましたが60才の誕生日を迎えられて直ぐのご逝去でした。
 哀悼の詩です。
(華甲は六十才 還暦のこと)

薫風五月 百花のとき
薫風五月百花辰

華甲を一期として他界の身
華甲一期他界身

笑語温顔また見ること難く
笑語温顔難復見

何ぞ寥寂の涙 巾を沾すにたえん
何堪寥寂涙沾巾
              
【五月十二日】

薫風五月 百花のとき
薫風五月百花辰

華甲を一期として他界の身
華甲一期他界身

笑語温顔また見ること難く
笑語温顔難復見

何ぞ寥寂の涙 巾を沾すにたえん
何堪寥寂涙沾巾
              
【五月十二日】

薫風五月 百花のとき
薫風五月百花辰

華甲を一期として他界の身
華甲一期他界身

笑語温顔また見ること難く
笑語温顔難復見

何ぞ寥寂の涙 巾を沾すにたえん
何堪寥寂涙沾巾
              

5月6日 来る八日に普済寺の分家のお寺で先代住職の三十三回忌法要が行われます。私が導師を勤めますが法語の最初の所を作ってます。

漢詩 五月六日 

来る八日に普済寺の分家のお寺で先代住職の三十三回忌法要が行われます。私が導師を勤めますが法語の最初の所を作ってます。

漢詩 五月六日 

来る八日に普済寺の分家のお寺で先代住職の三十三回忌法要が行われます。私が導師を勤めますが法語の最初の所を作ってます。

漢詩 五月六日 

来る八日に普済寺の分家のお寺で先代住職の三十三回忌法要が行われます。私が導師を勤めますが法語の最初の所を作ってます。


清淨本然 忌辰に逢う、
清淨本然逢忌辰

慈顔 髣髴たり 以て親(しん)と為す。
慈顔髣髴以為親

庭前の躑躅 興趣 多く、
庭前躑躅多興趣

野に薫風あおぐ五月の春。
野扇薫風五月春
              
【五月六日】

清淨本然 忌辰に逢う、
清淨本然逢忌辰

慈顔 髣髴たり 以て親(しん)と為す。
慈顔髣髴以為親

庭前の躑躅 興趣 多く、
庭前躑躅多興趣

野に薫風あおぐ五月の春。
野扇薫風五月春
              
【五月六日】

清淨本然 忌辰に逢う、
清淨本然逢忌辰

慈顔 髣髴たり 以て親(しん)と為す。
慈顔髣髴以為親

庭前の躑躅 興趣 多く、
庭前躑躅多興趣

野に薫風あおぐ五月の春。
野扇薫風五月春
              

漢詩 5月3日 若く亡くなられた方がありお檀家の関係で葬儀を依頼されました。34才何とも痛ましいことであります。遺族に寄り添い勤めさせていただきます。

漢詩 五月三日 

若く亡くなられた方がありお檀家の関係で葬儀を依頼されました。34才何とも痛ましいことであります。遺族に寄り添い勤めさせていただきます。

(蹉跎は思い通りにいかないこと)

漢詩 五月三日 

若く亡くなられた方がありお檀家の関係で葬儀を依頼されました。34才何とも痛ましいことであります。遺族に寄り添い勤めさせていただきます。

(蹉跎は思い通りにいかないこと)

漢詩 五月三日 

若く亡くなられた方がありお檀家の関係で葬儀を依頼されました。34才何とも痛ましいことであります。遺族に寄り添い勤めさせていただきます。

(蹉跎は思い通りにいかないこと)


人生わずかに丗余年
人生僅少丗餘年

世上の さだ 逆縁にしたがう
世上蹉跎遂逆縁

花散り風は寒し初夏の暁
花散風寒初夏曉

悲涙 巾に満ちて哀恨旋る
満巾悲涙哀恨旋
              
【五月三日】

人生わずかに丗余年
人生僅少丗餘年

世上の さだ 逆縁にしたがう
世上蹉跎遂逆縁

花散り風は寒し初夏の暁
花散風寒初夏曉

悲涙 巾に満ちて哀恨旋る
満巾悲涙哀恨旋
              
【五月三日】

人生わずかに丗余年
人生僅少丗餘年

世上の さだ 逆縁にしたがう
世上蹉跎遂逆縁

花散り風は寒し初夏の暁
花散風寒初夏曉

悲涙 巾に満ちて哀恨旋る
満巾悲涙哀恨旋
              

4月15日 四月十七日は60才で亡くなりました妻の命日になります。もう丸9年になります。法要は当日に行いますが哀悼の詩を作りました。

漢詩 四月十五日 

4月15日 四月十七日は60才で亡くなりました妻の命日になります。もう丸9年になります。法要は当日に行いますが哀悼の詩を作りました。

綉月院慧覺浄洋禅尼が戒名です

漢詩 四月十五日 

4月15日 四月十七日は60才で亡くなりました妻の命日になります。もう丸9年になります。法要は当日に行いますが哀悼の詩を作りました。

綉月院慧覺浄洋禅尼が戒名です

漢詩 四月十五日 

4月15日 四月十七日は60才で亡くなりました妻の命日になります。もう丸9年になります。法要は当日に行いますが哀悼の詩を作りました。

綉月院慧覺浄洋禅尼が戒名です


亡妻の忌景 正當の辰(とき)
亡妻忌景正當辰

九年を経過す桃李の春
経過九年桃李春

心は綾雲に在って綉月を吟じ
心在綾雲吟綉月

往時の温貌 芳仁を覚ゆ
往時温貌覚芳仁
【四月十五日】

亡妻の忌景 正當の辰(とき)
亡妻忌景正當辰

九年を経過す桃李の春
経過九年桃李春

心は綾雲に在って綉月を吟じ
心在綾雲吟綉月

往時の温貌 芳仁を覚ゆ
往時温貌覚芳仁
【四月十五日】

亡妻の忌景 正當の辰(とき)
亡妻忌景正當辰

九年を経過す桃李の春
経過九年桃李春

心は綾雲に在って綉月を吟じ
心在綾雲吟綉月

往時の温貌 芳仁を覚ゆ
往時温貌覚芳仁
              

漢詩 4月5日 法友中野睦宗師(新潟市秋葉区田家) 発願以来長年の懸案でありました坐禪堂ならび客殿一宇が昨年末に完成され 来る4月10日に落成式を挙行される運びとなりました。まことに慶祝の至りに堪えません。祝偈を呈します

漢詩 四月五日 

法友中野睦宗師(新潟市秋葉区田家) 発願以来長年の懸案でありました坐禪堂ならび客殿一宇が昨年末に完成され 来る4月10日に落成式を挙行される運びとなりました。まことに慶祝の至りに堪えません。
祝偈を呈します

漢詩 四月五日 

法友中野睦宗師(新潟市秋葉区田家) 発願以来長年の懸案でありました坐禪堂ならび客殿一宇が昨年末に完成され 来る4月10日に落成式を挙行される運びとなりました。まことに慶祝の至りに堪えません。
祝偈を呈します

漢詩 四月五日 

法友中野睦宗師(新潟市秋葉区田家) 発願以来長年の懸案でありました坐禪堂ならび客殿一宇が昨年末に完成され 来る4月10日に落成式を挙行される運びとなりました。まことに慶祝の至りに堪えません。
祝偈を呈します
【四月五日】  

清明の節気 到来の時
清明節気到来時

桃杏梅桜 春色奇なり
桃杏梅櫻春色奇

客殿と坐堂 落慶を迎え
客殿坐堂迎落慶

田家の村里は真慈に浴せり。
田家村里浴眞慈
              
【四月五日】  

清明の節気 到来の時
清明節気到来時

桃杏梅桜 春色奇なり
桃杏梅櫻春色奇

客殿と坐堂 落慶を迎え
客殿坐堂迎落慶

田家の村里は真慈に浴せり。
田家村里浴眞慈
              
【四月五日】  

清明の節気 到来の時
清明節気到来時

桃杏梅桜 春色奇なり
桃杏梅櫻春色奇

客殿と坐堂 落慶を迎え
客殿坐堂迎落慶

田家の村里は真慈に浴せり。
田家村里浴眞慈
              

漢詩 4月1日 本日 博多の安國寺さまから「高階禅師香語集」を贈呈いただきました 勉強させて頂きます。明治九年のご誕生で昭和四十三年に九十三才でお亡くなりになっております。当普済寺に昭和24年の御授戒会に戒師としてお越し頂いております。大本山永平寺と大本山總持寺に共に貫主となり その後曹洞宗管長を長く勤められた方です。高階瓏仙(たかしなろうせん)勅賜号は大鑑道光禅師遺偈は 珠迴玊轉 九十三年 末後一著 道光寂然。 お礼の漢詩を作りました。

漢詩 四月一日 

本日 博多の安國寺さまから「高階禅師香語集」を贈呈いただきました 勉強させて頂きます。
明治九年のご誕生で昭和四十三年に九十三才でお亡くなりになっております。当普済寺に昭和24年の御授戒会に戒師としてお越し頂いております。
大本山永平寺と大本山總持寺に共に貫主となり その後曹洞宗管長を長く勤められた方です。
高階瓏仙(たかしなろうせん)勅賜号は大鑑道光禅師
遺偈は 珠迴玊轉 九十三年 末後一著 道光寂然。
 お礼の漢詩を作りました。

漢詩 四月一日 

本日 博多の安國寺さまから「高階禅師香語集」を贈呈いただきました 勉強させて頂きます。
明治九年のご誕生で昭和四十三年に九十三才でお亡くなりになっております。当普済寺に昭和24年の御授戒会に戒師としてお越し頂いております。
大本山永平寺と大本山總持寺に共に貫主となり その後曹洞宗管長を長く勤められた方です。
高階瓏仙(たかしなろうせん)勅賜号は大鑑道光禅師
遺偈は 珠迴玊轉 九十三年 末後一著 道光寂然。
 お礼の漢詩を作りました。

漢詩 四月一日 

本日 博多の安國寺さまから「高階禅師香語集」を贈呈いただきました 勉強させて頂きます。
明治九年のご誕生で昭和四十三年に九十三才でお亡くなりになっております。当普済寺に昭和24年の御授戒会に戒師としてお越し頂いております。
大本山永平寺と大本山總持寺に共に貫主となり その後曹洞宗管長を長く勤められた方です。
高階瓏仙(たかしなろうせん)勅賜号は大鑑道光禅師
遺偈は 珠迴玊轉 九十三年 末後一著 道光寂然。
 お礼の漢詩を作りました。
【四月一日】
 奉 深謝 高階禅師香語集贈呈

高く大鑑を提っさげて道光まどかに
高提大鑑道光圓

普ねく群生に向って妙玄を尽くさる
普向群生盡妙玄

諸嶽と越溪に法愛深く
諸嶽越溪深法愛

珠迴 玊轉す自由の仙。
珠迴玊轉自由仙
              
【四月一日】
 奉 深謝 高階禅師香語集贈呈

高く大鑑を提っさげて道光まどかに
高提大鑑道光圓

普ねく群生に向って妙玄を尽くさる
普向群生盡妙玄

諸嶽と越溪に法愛深く
諸嶽越溪深法愛

珠迴 玊轉す自由の仙。
珠迴玊轉自由仙
              
【四月一日】
 奉 深謝 高階禅師香語集贈呈

高く大鑑を提っさげて道光まどかに
高提大鑑道光圓

普ねく群生に向って妙玄を尽くさる
普向群生盡妙玄

諸嶽と越溪に法愛深く
諸嶽越溪深法愛

珠迴 玊轉す自由の仙。
珠迴玊轉自由仙
              

漢詩 3月22日  昨日はお彼岸中日法要とお釈迦様お涅槃会北陸や東北はニ月のお涅槃会を月遅れで行う所が多くあります。三月十五日も便宜の為にお彼岸中日に行うようになって十数年になりました。例年 団子まきと護持会総会 お斎で本堂満杯の参詣者でしたが3年連続で法要のみのお参りとなってます。

漢詩 三月二十二日 

昨日はお彼岸中日法要とお釈迦様お涅槃会
北陸や東北はニ月のお涅槃会を月遅れで行う所が多くあります。
三月十五日も便宜の為にお彼岸中日に行うようになって十数年になりました。
例年 団子まきと護持会総会 お斎で本堂満杯の参詣者でしたが3年連続で法要のみのお参りとなってます。

漢詩 三月二十二日 

昨日はお彼岸中日法要とお釈迦様お涅槃会
北陸や東北はニ月のお涅槃会を月遅れで行う所が多くあります。
三月十五日も便宜の為にお彼岸中日に行うようになって十数年になりました。
例年 団子まきと護持会総会 お斎で本堂満杯の参詣者でしたが3年連続で法要のみのお参りとなってます。

漢詩 三月二十二日 

昨日はお彼岸中日法要とお釈迦様お涅槃会
北陸や東北はニ月のお涅槃会を月遅れで行う所が多くあります。
三月十五日も便宜の為にお彼岸中日に行うようになって十数年になりました。
例年 団子まきと護持会総会 お斎で本堂満杯の参詣者でしたが3年連続で法要のみのお参りとなってます。

山門この日法要のしん
山門此日法要辰

檀度 各家 正因をうけたまえ
檀度各家亨正因

越後ようやく温くし春彼岸
越後漸温春彼岸

涅槃会と共に読経したしし。
涅槃会共読経親
              
【三月二十二日】

山門この日法要のしん
山門此日法要辰

檀度 各家 正因をうけたまえ
檀度各家亨正因

越後ようやく温くし春彼岸
越後漸温春彼岸

涅槃会と共に読経したしし。
涅槃会共読経親
              
【三月二十二日】

山門この日法要のしん
山門此日法要辰

檀度 各家 正因をうけたまえ
檀度各家亨正因

越後ようやく温くし春彼岸
越後漸温春彼岸

涅槃会と共に読経したしし。
涅槃会共読経親
              

漢詩 3月1日 令和四年三月一日 天候は晴れ。新潟県村上市に春の足音が聞こえて来ます。 地元の集落で八十才の御婦人が亡くなられました。来る春に背いての旅立ち 昨年の夏以来の発病 手術 療養の日々でしたが力の限り生き抜かれた人生に哀悼の詩です 葬儀はお寺本堂で行います。

漢詩 三月一日 

令和四年三月一日 天候は晴れ。
新潟県村上市に春の足音が聞こえて来ます。
 地元の集落で八十才の御婦人が亡くなられました。
来る春に背いての旅立ち 昨年の夏以来の発病 手術 療養の日々でしたが力の限り生き抜かれた人生に哀悼の詩です 葬儀はお寺本堂で行います。

漢詩 三月一日 

令和四年三月一日 天候は晴れ。
新潟県村上市に春の足音が聞こえて来ます。
 地元の集落で八十才の御婦人が亡くなられました。
来る春に背いての旅立ち 昨年の夏以来の発病 手術 療養の日々でしたが力の限り生き抜かれた人生に哀悼の詩です 葬儀はお寺本堂で行います。

漢詩 三月一日 

令和四年三月一日 天候は晴れ。
新潟県村上市に春の足音が聞こえて来ます。
 地元の集落で八十才の御婦人が亡くなられました。
来る春に背いての旅立ち 昨年の夏以来の発病 手術 療養の日々でしたが力の限り生き抜かれた人生に哀悼の詩です 葬儀はお寺本堂で行います。

庭際の紅梅いまだひらかざるとき
庭際紅梅未發辰

忽然 他界して埃塵を脱す
忽然他界脱埃塵

齢 八十に充ち生の苦を全う
齢充八十全生苦

無常をしるといえども悲涙 新らたなり。
雖識無常悲涙新
              
【三月一日】

庭際の紅梅いまだひらかざるとき
庭際紅梅未發辰

忽然 他界して埃塵を脱す
忽然他界脱埃塵

齢 八十に充ち生の苦を全う
齢充八十全生苦

無常をしるといえども悲涙 新らたなり。
雖識無常悲涙新
              
【三月一日】

庭際の紅梅いまだひらかざるとき
庭際紅梅未發辰

忽然 他界して埃塵を脱す
忽然他界脱埃塵

齢 八十に充ち生の苦を全う
齢充八十全生苦

無常をしるといえども悲涙 新らたなり。
雖識無常悲涙新
              

漢詩 2月10日 寒牡丹の蕾が日に日に少しずつ膨らんでいるように見えます。5月の牡丹は三日もすれば散ってしまいます。寒牡丹は一ヶ月もニヶ月も咲いてくれますね。能登羽咋市の永光寺での冬安居

漢詩 二月十日 

寒牡丹の蕾が日に日に少しずつ膨らんでいるように見えます。
5月の牡丹は三日もすれば散ってしまいます。寒牡丹は一ヶ月もニヶ月も咲いてくれますね。
能登羽咋市の永光寺での冬安居
寒牡丹の蕾が日に日に少しずつ膨らんでいるように見えます。
5月の牡丹は三日もすれば散ってしまいます。寒牡丹は一ヶ月もニヶ月も咲いてくれますね。
能登羽咋市の永光寺での冬安居

漢詩 二月十日 

寒牡丹の蕾が日に日に少しずつ膨らんでいるように見えます。
5月の牡丹は三日もすれば散ってしまいます。寒牡丹は一ヶ月もニヶ月も咲いてくれますね。
能登羽咋市の永光寺での冬安居
寒牡丹の蕾が日に日に少しずつ膨らんでいるように見えます。
5月の牡丹は三日もすれば散ってしまいます。寒牡丹は一ヶ月もニヶ月も咲いてくれますね。
能登羽咋市の永光寺での冬安居

漢詩 二月十日 

寒牡丹の蕾が日に日に少しずつ膨らんでいるように見えます。
5月の牡丹は三日もすれば散ってしまいます。寒牡丹は一ヶ月もニヶ月も咲いてくれますね。
能登羽咋市の永光寺での冬安居
寒牡丹の蕾が日に日に少しずつ膨らんでいるように見えます。
5月の牡丹は三日もすれば散ってしまいます。寒牡丹は一ヶ月もニヶ月も咲いてくれますね。
能登羽咋市の永光寺での冬安居

三朶三輪 冬牡丹
三朶三輪冬牡丹

翠松 色浅く春寒に添う
翠松色浅添春寒

永光の大衆 賓主なし
永光大衆無賓主

雪肌(せっき)の境庭 心ここに安(あん)たり。
雪肌境庭心此安
              
【二月十日】

三朶三輪 冬牡丹
三朶三輪冬牡丹

翠松 色浅く春寒に添う
翠松色浅添春寒

永光の大衆 賓主なし
永光大衆無賓主

雪肌(せっき)の境庭 心ここに安(あん)たり。
雪肌境庭心此安
              
【二月十日】

三朶三輪 冬牡丹
三朶三輪冬牡丹

翠松 色浅く春寒に添う
翠松色浅添春寒

永光の大衆 賓主なし
永光大衆無賓主

雪肌(せっき)の境庭 心ここに安(あん)たり。
雪肌境庭心此安
              

漢詩 2月8日 北陸能登半島の羽咋市(はくいし)永光寺 雪の朝を迎えています。本堂の左にずらーと並んでいますのはお釈迦様の十大弟子のお姿です。二月十五日は お涅槃会お釈迦様がお亡くなられた日です。

漢詩 二月八日 

北陸能登半島の羽咋市(はくいし)永光寺 
雪の朝を迎えています。
本堂の左にずらーと並んでいますのはお釈迦様の十大弟子のお姿です。
二月十五日は お涅槃会お釈迦様がお亡くなられた日です。
北陸能登半島の羽咋市(はくいし)永光寺 
雪の朝を迎えています。
本堂の左にずらーと並んでいますのはお釈迦様の十大弟子のお姿です。
二月十五日は お涅槃会お釈迦様がお亡くなられた日です。
お釈迦様の体を紫磨金色身(しまこんじきしん)といいます。
鶴林は沙羅双樹が白く枯れたことの喩えです。

漢詩 二月八日 

北陸能登半島の羽咋市(はくいし)永光寺 
雪の朝を迎えています。
本堂の左にずらーと並んでいますのはお釈迦様の十大弟子のお姿です。
二月十五日は お涅槃会お釈迦様がお亡くなられた日です。
北陸能登半島の羽咋市(はくいし)永光寺 
雪の朝を迎えています。
本堂の左にずらーと並んでいますのはお釈迦様の十大弟子のお姿です。
二月十五日は お涅槃会お釈迦様がお亡くなられた日です。
お釈迦様の体を紫磨金色身(しまこんじきしん)といいます。
鶴林は沙羅双樹が白く枯れたことの喩えです。

漢詩 二月八日 

北陸能登半島の羽咋市(はくいし)永光寺 
雪の朝を迎えています。
本堂の左にずらーと並んでいますのはお釈迦様の十大弟子のお姿です。
二月十五日は お涅槃会お釈迦様がお亡くなられた日です。
北陸能登半島の羽咋市(はくいし)永光寺 
雪の朝を迎えています。
本堂の左にずらーと並んでいますのはお釈迦様の十大弟子のお姿です。
二月十五日は お涅槃会お釈迦様がお亡くなられた日です。
お釈迦様の体を紫磨金色身(しまこんじきしん)といいます。
鶴林は沙羅双樹が白く枯れたことの喩えです。

漢詩 二月八日 

北陸能登半島の羽咋市(はくいし)永光寺 
雪の朝を迎えています。
本堂の左にずらーと並んでいますのはお釈迦様の十大弟子のお姿です。
二月十五日は お涅槃会お釈迦様がお亡くなられた日です。
北陸能登半島の羽咋市(はくいし)永光寺 
雪の朝を迎えています。
本堂の左にずらーと並んでいますのはお釈迦様の十大弟子のお姿です。
二月十五日は お涅槃会お釈迦様がお亡くなられた日です。
お釈迦様の体を紫磨金色身(しまこんじきしん)といいます。
鶴林は沙羅双樹が白く枯れたことの喩えです。

漢詩 二月八日 

北陸能登半島の羽咋市(はくいし)永光寺 
雪の朝を迎えています。
本堂の左にずらーと並んでいますのはお釈迦様の十大弟子のお姿です。
二月十五日は お涅槃会お釈迦様がお亡くなられた日です。
北陸能登半島の羽咋市(はくいし)永光寺 
雪の朝を迎えています。
本堂の左にずらーと並んでいますのはお釈迦様の十大弟子のお姿です。
二月十五日は お涅槃会お釈迦様がお亡くなられた日です。
お釈迦様の体を紫磨金色身(しまこんじきしん)といいます。
鶴林は沙羅双樹が白く枯れたことの喩えです。

鶴林に寂を示す紫磨金(しまごん)
鶴林示寂紫磨金

天上と人間すべて痛心
天上人間總痛心

五老峰頭 中夜の月
五老峰頭中夜月

三千年後の追尋このましし。
三千年後好追尋
              

鶴林に寂を示す金色身
示寂鶴林金色身

三千年後 痛心 新たなり
三千年後痛心新

香 一片をたく 永光寺
焚香一片永光寺

二月 雪うずたかく世塵を離るる。
二月雪堆離世塵
              
【二月八日】

鶴林に寂を示す紫磨金(しまごん)
鶴林示寂紫磨金

天上と人間すべて痛心
天上人間總痛心

五老峰頭 中夜の月
五老峰頭中夜月

三千年後の追尋このましし。
三千年後好追尋
              

鶴林に寂を示す金色身
示寂鶴林金色身

三千年後 痛心 新たなり
三千年後痛心新

香 一片をたく 永光寺
焚香一片永光寺

二月 雪うずたかく世塵を離るる。
二月雪堆離世塵
              
【二月八日】

鶴林に寂を示す紫磨金(しまごん))
鶴林示寂紫磨金

天上と人間すべて痛心
天上人間總痛心

五老峰頭 中夜の月
五老峰頭中夜月

三千年後の追尋このましし。
三千年後好追尋
              

鶴林に寂を示す金色身
示寂鶴林金色身

三千年後 痛心 新たなり
三千年後痛心新

香 一片をたく 永光寺
焚香一片永光寺

二月 雪うずたかく世塵を離るる。
二月雪堆離世塵