漢詩 7月23日 新潟県村上市大場沢は雨が降っています。早々と梅雨明け宣言が出まして それからが梅雨のように雨が続きます。異常気象ですね。大場沢出身の男性と関川村の女性が所帯を持って50年 神奈川県で暮らしておられましたが夫の方は没後20年(葬儀には住職が神奈川に出向きました。)今年の春 妻の方が亡くなられたと連絡が来まして夏になったら故郷の関川村の集落公民館を借りて縁者が集まり葬儀を行いたいとのことでした。哀悼の詩です

漢詩 七月二十三日 

新潟県村上市大場沢は雨が降っています。早々と梅雨明け宣言が出まして それからが梅雨のように雨が続きます。異常気象ですね。
大場沢出身の男性と関川村の女性が所帯を持って50年 神奈川県で暮らしておられましたが夫の方は没後20年(葬儀には住職が神奈川に出向きました。)
今年の春 妻の方が亡くなられたと連絡が来まして
夏になったら故郷の関川村の集落公民館を借りて縁者が集まり葬儀を行いたいとのことでした。
哀悼の詩です

漢詩 七月二十三日 

新潟県村上市大場沢は雨が降っています。早々と梅雨明け宣言が出まして それからが梅雨のように雨が続きます。異常気象ですね。
大場沢出身の男性と関川村の女性が所帯を持って50年 神奈川県で暮らしておられましたが夫の方は没後20年(葬儀には住職が神奈川に出向きました。)
今年の春 妻の方が亡くなられたと連絡が来まして
夏になったら故郷の関川村の集落公民館を借りて縁者が集まり葬儀を行いたいとのことでした。
哀悼の詩です

漢詩 七月二十三日 

新潟県村上市大場沢は雨が降っています。早々と梅雨明け宣言が出まして それからが梅雨のように雨が続きます。異常気象ですね。
大場沢出身の男性と関川村の女性が所帯を持って50年 神奈川県で暮らしておられましたが夫の方は没後20年(葬儀には住職が神奈川に出向きました。)
今年の春 妻の方が亡くなられたと連絡が来まして
夏になったら故郷の関川村の集落公民館を借りて縁者が集まり葬儀を行いたいとのことでした。
哀悼の詩です

郷を出でて五十有余年
出郷五十有餘年

結び得たり生生世世の縁
結得生生世世縁

七拾七才 帰寂の道
七拾七才歸寂道

長空の春月 一輪まどかなり。
長空春月一輪圓
              
【七月二十三日】

郷を出でて五十有余年
出郷五十有餘年

結び得たり生生世世の縁
結得生生世世縁

七拾七才 帰寂の道
七拾七才歸寂道

長空の春月 一輪まどかなり。
長空春月一輪圓
              
【七月二十三日】

郷を出でて五十有余年
出郷五十有餘年

結び得たり生生世世の縁
結得生生世世縁

七拾七才 帰寂の道
七拾七才歸寂道

長空の春月 一輪まどかなり。
長空春月一輪圓
              

漢詩 7月17日 2年前に普済寺庭園を観覧に来た方が奥様の両親を永代供養墓「寂静」にお願いしたいとの申込みがありました。2年前に父親を今回は母親のご葬儀と納骨を行うことになりました。哀悼の詩です。

漢詩 七月十七日 

2年前に普済寺庭園を観覧に来た方が奥様の両親を永代供養墓「寂静」にお願いしたいとの申込みがありました。2年前に父親を今回は母親のご葬儀と納骨を行うことになりました。
哀悼の詩です。
(薫山居士は亡きお連れ合い薫山壽泉居士のことであり今回はお名前のなか喜の一字から喜山清泉大姉といたしました。)

漢詩 七月十七日 

2年前に普済寺庭園を観覧に来た方が奥様の両親を永代供養墓「寂静」にお願いしたいとの申込みがありました。2年前に父親を今回は母親のご葬儀と納骨を行うことになりました。
哀悼の詩です。
(薫山居士は亡きお連れ合い薫山壽泉居士のことであり今回はお名前のなか喜の一字から喜山清泉大姉といたしました。)

漢詩 七月十七日 

2年前に普済寺庭園を観覧に来た方が奥様の両親を永代供養墓「寂静」にお願いしたいとの申込みがありました。2年前に父親を今回は母親のご葬儀と納骨を行うことになりました。
哀悼の詩です。
(薫山居士は亡きお連れ合い薫山壽泉居士のことであり今回はお名前のなか喜の一字から喜山清泉大姉といたしました。)

薫山居士婦随の縁
薫山居士婦随縁

九十三齢 長寿まったし
九十三齢長壽全

生死去来は別事無く
生死去来無別事

涅槃の一路 夕陽の天。
涅槃一路夕陽天
              
【七月十七日】

薫山居士婦随の縁
薫山居士婦随縁

九十三齢 長寿まったし
九十三齢長壽全

生死去来は別事無く
生死去来無別事

涅槃の一路 夕陽の天。
涅槃一路夕陽天
              
【七月十七日】

薫山居士婦随の縁
薫山居士婦随縁

九十三齢 長寿まったし
九十三齢長壽全

生死去来は別事無く
生死去来無別事

涅槃の一路 夕陽の天。
涅槃一路夕陽天
              

漢詩 7月5日 ハンゲショウ(半夏生)が涼しく。ヤマユリ(山百合)は逞しく。盛夏を彩っております。7月10日に分家のお寺で先代住職の23回忌の法要があります。追悼の法語を作ってました。

漢詩 七月五日 

ハンゲショウ(半夏生)が涼しく。
ヤマユリ(山百合)は逞しく。
盛夏を彩っております。
7月10日に分家のお寺で先代住職の23回忌の法要があります。追悼の法語を作ってました。

漢詩 七月五日 

ハンゲショウ(半夏生)が涼しく。
ヤマユリ(山百合)は逞しく。
盛夏を彩っております。
7月10日に分家のお寺で先代住職の23回忌の法要があります。追悼の法語を作ってました。

漢詩 七月五日 

ハンゲショウ(半夏生)が涼しく。
ヤマユリ(山百合)は逞しく。
盛夏を彩っております。
7月10日に分家のお寺で先代住職の23回忌の法要があります。追悼の法語を作ってました。

二十三回 処に随ってしたしく
二十三回随處親

無縫搭下 時に応じてあらたなり
無縫搭下應時新

誰か知る寂定安為の境
誰知寂定安為境

七月の暑風 野をあおいで巡る
七月暑風扇野巡
              
 

雨晴れて緑水 清陰のうち
雨晴緑水清陰裡

満目青山 法輪を転ず 
満目青山轉法輪

 
 

 
 
              
【七月六日】

二十三回 処に随ってしたしく
二十三回随處親

無縫搭下 時に応じてあらたなり
無縫搭下應時新

誰か知る寂定安為の境
誰知寂定安為境

七月の暑風 野をあおいで巡る
七月暑風扇野巡
              
雨晴れて緑水 清陰のうち
雨晴緑水清陰裡

満目青山 法輪を転ず
満目青山轉法輪




              
【七月六日】

二十三回 処に随ってしたしく
二十三回随處親

無縫搭下 時に応じてあらたなり
無縫搭下應時新

誰か知る寂定安為の境
誰知寂定安為境

七月の暑風 野をあおいで巡る
七月暑風扇野巡
              
 

雨晴れて緑水 清陰のうち
雨晴緑水清陰裡

満目青山 法輪を転ず 
満目青山轉法輪

 
 

 
 
              

新潟県は梅雨開けました ‼️ 照りつける夏の太陽 暑さ倍増です。 すでに1週間前から危篤との連絡を頂いていた新潟市のご婦人が亡くなられました。27年前にお連れ合いを亡くされて その時からお檀家としてお付き合いして来ましたが今年になってからは入院生活であったようです。哀悼の詩です。

漢詩 六月二十九日 

新潟県は梅雨開けました‼️
照りつける夏の太陽 暑さ倍増です。
 すでに1週間前から危篤との連絡を頂いていた新潟市のご婦人が亡くなられました。27年前にお連れ合いを亡くされて その時からお檀家としてお付き合いして来ましたが今年になってからは入院生活であったようです。
哀悼の詩です。

漢詩 六月二十九日 

新潟県は梅雨開けました‼️
照りつける夏の太陽 暑さ倍増です。
 すでに1週間前から危篤との連絡を頂いていた新潟市のご婦人が亡くなられました。27年前にお連れ合いを亡くされて その時からお檀家としてお付き合いして来ましたが今年になってからは入院生活であったようです。
哀悼の詩です。

漢詩 六月二十九日 

新潟県は梅雨開けました‼️
照りつける夏の太陽 暑さ倍増です。
 すでに1週間前から危篤との連絡を頂いていた新潟市のご婦人が亡くなられました。27年前にお連れ合いを亡くされて その時からお檀家としてお付き合いして来ましたが今年になってからは入院生活であったようです。
哀悼の詩です。

さきに夫君を送って幾春を回る
前送夫君回幾春

日常の活計 縁に対して親しし
日常活計対縁親

暑風 散じ去る涅槃の境
暑風散去涅槃境

九十三才 客塵を絶っす。
九十三才絶客塵
              
【六月二十九日】

さきに夫君を送って幾春を回る
前送夫君回幾春

日常の活計 縁に対して親しし
日常活計対縁親

暑風 散じ去る涅槃の境
暑風散去涅槃境

九十三才 客塵を絶っす。
九十三才絶客塵
              
【六月二十九日】

さきに夫君を送って幾春を回る
前送夫君回幾春

日常の活計 縁に対して親しし
日常活計対縁親

暑風 散じ去る涅槃の境
暑風散去涅槃境

九十三才 客塵を絶っす。
九十三才絶客塵
              

漢詩 6月27日 新潟県村上市は曇り(昨夜は稲光りと雷鳴がすざましくいささか肝が冷えました。)いつもの方が観音さまに花を供えて下さいました。村の人ですが長年出稼ぎに行っていて60を過ぎてから帰郷その後、病気も発症自宅療養を続けてましたが昨日ご他界されました。哀悼の詩です

漢詩 六月二十七日 

新潟県村上市は曇り(昨夜は稲光りと雷鳴がすざましくいささか肝が冷えました。)
いつもの方が観音さまに花を供えて下さいました。
村の人ですが長年出稼ぎに行っていて60を過ぎてから帰郷その後、病気も発症自宅療養を続けてましたが昨日ご他界されました。
哀悼の詩です

漢詩 六月二十七日 

新潟県村上市は曇り(昨夜は稲光りと雷鳴がすざましくいささか肝が冷えました。)
いつもの方が観音さまに花を供えて下さいました。
村の人ですが長年出稼ぎに行っていて60を過ぎてから帰郷その後、病気も発症自宅療養を続けてましたが昨日ご他界されました。
哀悼の詩です

漢詩 六月二十七日 

新潟県村上市は曇り(昨夜は稲光りと雷鳴がすざましくいささか肝が冷えました。)
いつもの方が観音さまに花を供えて下さいました。
村の人ですが長年出稼ぎに行っていて60を過ぎてから帰郷その後、病気も発症自宅療養を続けてましたが昨日ご他界されました。
哀悼の詩です

梅天 雲はれて埃塵を洗い
梅天雲霽洗埃塵

八十二才は虚幻の身
八十二才虚幻身

一夜 劫風 四大を分け
一夜劫風分四大

郷に帰り穏座す独り行く人
歸郷穏座独行人
              
【六月二十七日】

梅天 雲はれて埃塵を洗い
梅天雲霽洗埃塵

八十二才は虚幻の身
八十二才虚幻身

一夜 劫風 四大を分け
一夜劫風分四大

郷に帰り穏座す独り行く人
歸郷穏座独行人
              
【六月二十七日】

梅天 雲はれて埃塵を洗い
梅天雲霽洗埃塵

八十二才は虚幻の身
八十二才虚幻身

一夜 劫風 四大を分け
一夜劫風分四大

郷に帰り穏座す独り行く人
歸郷穏座独行人
              

漢詩 6月19日 この1尺もある高坏(たかつき)は大きな桑の木を「くりやさん」木工業者さんから作って貰いました。あるお宅にあった大きな桑の木の枝が折れてしまい畑に捨てたと言うので私が拾いに行って「くりやさん」に加工してもらったものです。そのお宅のご主人が今朝亡くなられました。奥様を先に送って16年ご自身もこの数年間はガンとの闘病生活でしたが畑仕事や大きな屋敷の管理や家事を淡々とやっておられました。ご冥福をお祈りいたします。

六月十八日 

この1尺もある高坏(たかつき)は大きな桑の木を「くりやさん」木工業者さんから作って貰いました。
あるお宅にあった大きな桑の木の枝が折れてしまい畑に捨てたと言うので私が拾いに行って「くりやさん」に加工してもらったものです。
そのお宅のご主人が今朝亡くなられました。奥様を先に送って16年ご自身もこの数年間はガンとの闘病生活でしたが畑仕事や大きな屋敷の管理や家事を淡々とやっておられました。ご冥福をお祈りいたします。

六月十八日 

この1尺もある高坏(たかつき)は大きな桑の木を「くりやさん」木工業者さんから作って貰いました。
あるお宅にあった大きな桑の木の枝が折れてしまい畑に捨てたと言うので私が拾いに行って「くりやさん」に加工してもらったものです。
そのお宅のご主人が今朝亡くなられました。奥様を先に送って16年ご自身もこの数年間はガンとの闘病生活でしたが畑仕事や大きな屋敷の管理や家事を淡々とやっておられました。ご冥福をお祈りいたします。

六月十八日 

この1尺もある高坏(たかつき)は大きな桑の木を「くりやさん」木工業者さんから作って貰いました。
あるお宅にあった大きな桑の木の枝が折れてしまい畑に捨てたと言うので私が拾いに行って「くりやさん」に加工してもらったものです。
そのお宅のご主人が今朝亡くなられました。奥様を先に送って16年ご自身もこの数年間はガンとの闘病生活でしたが畑仕事や大きな屋敷の管理や家事を淡々とやっておられました。ご冥福をお祈りいたします。

さきに妻君を送って十六年
曩送妻君十六年

家道を護持す豈に徒然ならんや
護持家道豈徒然

艱辛病苦 難ありといえども
艱辛病苦雖難有

八十五才 功績あざやかなり。
八十五才功績鮮
              
【六月十八日】

さきに妻君を送って十六年
曩送妻君十六年

家道を護持す豈に徒然ならんや
護持家道豈徒然

艱辛病苦 難ありといえども
艱辛病苦雖難有

八十五才 功績あざやかなり。
八十五才功績鮮
              
【六月十八日】

さきに妻君を送って十六年
曩送妻君十六年

家道を護持す豈に徒然ならんや
護持家道豈徒然

艱辛病苦 難ありといえども
艱辛病苦雖難有

八十五才 功績あざやかなり。
八十五才功績鮮
              

漢詩 6月9日 本日は午後は休講。長い長い参道を降りて又上がり緑の風の吹くなかを散策して参りました。

漢詩 六月九日 

本日は午後は休講。
長い長い参道を降りて又上がり緑の風の吹くなかを散策して参りました。

漢詩 六月九日 

本日は午後は休講。
長い長い参道を降りて又上がり緑の風の吹くなかを散策して参りました。

漢詩 六月九日 

本日は午後は休講。
長い長い参道を降りて又上がり緑の風の吹くなかを散策して参りました。

青陰 緑葉 禅宮に満ち
青陰緑葉満禅宮

五老峰頭 初夏の風
五老峰頭初夏風

おのずから永光に至る溪上の道
自至永光溪上道

つえを曳き水を渡って紅き花に対す
曳筇渡水對花紅
              
【六月九日】

青陰 緑葉 禅宮に満ち
青陰緑葉満禅宮

五老峰頭 初夏の風
五老峰頭初夏風

おのずから永光に至る溪上の道
自至永光溪上道

つえを曳き水を渡って紅き花に対す
曳筇渡水對花紅
              
【六月九日】

青陰 緑葉 禅宮に満ち
青陰緑葉満禅宮

五老峰頭 初夏の風
五老峰頭初夏風

おのずから永光に至る溪上の道
自至永光溪上道

つえを曳き水を渡って紅き花に対す
曳筇渡水對花紅
              

漢詩 6月8日 能登羽咋市の永光寺で1月 2月に引き続いての勉強の日々です。今週は雨降りで寒いほどでしたが夕方から晴れてきました。総勢10人もおりませんが朝は4時の坐禅から始まり 夜は7時からの坐禅9時の就寝という日程で三度の食事も所員が当番で作っております。私は漢詩の講師として前後1週間 午前と午後を受け持っています。 令和四年永光寺安居 偶作

漢詩 六月八日 

能登羽咋市の永光寺で1月 2月に引き続いての勉強の日々です。
今週は雨降りで寒いほどでしたが夕方から晴れてきました。総勢10人もおりませんが朝は4時の坐禅から始まり 夜は7時からの坐禅9時の就寝という日程で三度の食事も所員が当番で作っております。
私は漢詩の講師として前後1週間 午前と午後を受け持っています。
 令和四年永光寺安居 偶作

漢詩 六月八日 

能登羽咋市の永光寺で1月 2月に引き続いての勉強の日々です。
今週は雨降りで寒いほどでしたが夕方から晴れてきました。総勢10人もおりませんが朝は4時の坐禅から始まり 夜は7時からの坐禅9時の就寝という日程で三度の食事も所員が当番で作っております。
私は漢詩の講師として前後1週間 午前と午後を受け持っています。
 令和四年永光寺安居 偶作

漢詩 六月八日 

能登羽咋市の永光寺で1月 2月に引き続いての勉強の日々です。
今週は雨降りで寒いほどでしたが夕方から晴れてきました。総勢10人もおりませんが朝は4時の坐禅から始まり 夜は7時からの坐禅9時の就寝という日程で三度の食事も所員が当番で作っております。
私は漢詩の講師として前後1週間 午前と午後を受け持っています。
 令和四年永光寺安居 偶作
【六月八日】
令和四年永光寺安居 偶作

洞谷山中ひさしく陳をひろくし
洞谷山中久闊陳

同修の雲衲 道情あつし
同修雲衲道情諄

翠巒茂秀 疎疎の雨
翠巒茂秀疎疎雨

朝暮 規に準じて世塵を離る。
朝暮準規離世塵
              
【六月八日】
令和四年永光寺安居 偶作

洞谷山中ひさしく陳をひろくし
洞谷山中久闊陳

同修の雲衲 道情あつし
同修雲衲道情諄

翠巒茂秀 疎疎の雨
翠巒茂秀疎疎雨

朝暮 規に準じて世塵を離る。
朝暮準規離世塵
              
【六月八日】
令和四年永光寺安居 偶作

洞谷山中ひさしく陳をひろくし
洞谷山中久闊陳

同修の雲衲 道情あつし
同修雲衲道情諄

翠巒茂秀 疎疎の雨
翠巒茂秀疎疎雨

朝暮 規に準じて世塵を離る。
朝暮準規離世塵
              

漢詩 6月3日 明日と明後日は白鳥で有名な瓢湖がある阿賀野市水原のお寺様で晋山式があります(私は大本山永平寺からのお使い専使の御役をいただいています。)お祝いの漢詩を作りました。(写真は2月に伺った時 まだ雪の中でした。今は式を迎えて内外綺麗に整っていることでしょう)

漢詩 六月三日 

明日と明後日は白鳥で有名な瓢湖がある阿賀野市水原のお寺様で晋山式があります(私は大本山永平寺からのお使い専使の御役をいただいています。)
お祝いの漢詩を作りました。
(写真は2月に伺った時 まだ雪の中でした。今は式を迎えて内外綺麗に整っていることでしょう)
 
水原の西福寺のお祝い
恭賀 西福寺新命 義浩師晋山

漢詩 六月三日 

明日と明後日は白鳥で有名な瓢湖がある阿賀野市水原のお寺様で晋山式があります(私は大本山永平寺からのお使い専使の御役をいただいています。)
お祝いの漢詩を作りました。
(写真は2月に伺った時 まだ雪の中でした。今は式を迎えて内外綺麗に整っていることでしょう)
 
水原の西福寺のお祝い
恭賀 西福寺新命 義浩師晋山

漢詩 六月三日 

明日と明後日は白鳥で有名な瓢湖がある阿賀野市水原のお寺様で晋山式があります(私は大本山永平寺からのお使い専使の御役をいただいています。)
お祝いの漢詩を作りました。
(写真は2月に伺った時 まだ雪の中でした。今は式を迎えて内外綺麗に整っていることでしょう)
 
水原の西福寺のお祝い
恭賀 西福寺新命 義浩師晋山

ここに時縁熟して妙門啓きく
茲熟時縁啓妙門

玉峰山上 法旙ひるがえる
玉峰山上法旙翻

翠嵐蕃竹 龍鳳を招き
翠嵐蕃竹招龍鳳

至祝 無窮 祖恩に酬いん
至祝無窮酬祖恩
              
【六月三日】

ここに時縁熟して妙門啓きく
茲熟時縁啓妙門

玉峰山上 法旙ひるがえる
玉峰山上法旙翻

翠嵐蕃竹 龍鳳を招き
翠嵐蕃竹招龍鳳

至祝 無窮 祖恩に酬いん
至祝無窮酬祖恩
              
【六月三日】

ここに時縁熟して妙門啓きく
茲熟時縁啓妙門

玉峰山上 法旙ひるがえる
玉峰山上法旙翻

翠嵐蕃竹 龍鳳を招き
翠嵐蕃竹招龍鳳

至祝 無窮 祖恩に酬いん
至祝無窮酬祖恩
              

6月2日 北越後の村上地方も田植えは終わったようです。早苗に風渡る6月1日亡くなられた方があります。哀悼の詩を作りました。

漢詩 九月六日 

2年前の現場(13坪の下屋を壊して欅の縁側を新設する工事)縁の下になってしまう砂利止めの一直線の切り石は七湊の木村さんから 沓脱ぎ石始め大きな福島鮫川石は村上の斎藤さんから夫々貰った石です。大きな蹲いは庭師の遠藤さんその他の縁石は竹部左官さんから そして欅の縁側は庄内町の風間さんの大口寄付金をベースにして大勢の方のご好意で出来たものでした。もちろん工事一切を安価で取り仕切ってくれた建具屋のHさんの大きな力が有ればこそでした。
今はここで毎日の朝と晩そして月に2回の坐禅会を行なっております。
昨夜ようやく涼風が心地よく吹く中で坐禅した(暑い残暑続いてました)感慨を書いてみました。

漢詩 六月一日 

北越後の村上地方も田植えは終わったようです。
早苗に風渡る6月1日亡くなられた方があります。
哀悼の詩を作りました。

漢詩 六月一日 

北越後の村上地方も田植えは終わったようです。
早苗に風渡る6月1日亡くなられた方があります。
哀悼の詩を作りました。

涼風吹き渡る早苗の田
涼風吹渡早苗田

八十二齢 北天に帰る
八十二齢歸北天

翠岳三光 清淨の境
翠岳三光清淨境

艱難辛苦は因縁に任す。
艱難辛苦任因縁
              
【六月一日】

涼風吹き渡る早苗の田
涼風吹渡早苗田

八十二齢 北天に帰る
八十二齢歸北天

翠岳三光 清淨の境
翠岳三光清淨境

艱難辛苦は因縁に任す。
艱難辛苦任因縁
              
【六月一日】

涼風吹き渡る早苗の田
涼風吹渡早苗田

八十二齢 北天に帰る
八十二齢歸北天

翠岳三光 清淨の境
翠岳三光清淨境

艱難辛苦は因縁に任す。
艱難辛苦任因縁